くすり、と。
優しく。
慈しむように。

あんな顔が出来たんだと思うほど優しく。

キレイに笑うから。



だから、目が離せなくなった。


「Love of unawareness」



劉鳳は、疲れた身体に鞭打ちながら、ほぼ3日ぶりに自室へと続く廊下を歩いていた。
HOLYが組織である以上、デスクワークもやむなしというのは分かるが、最近の量は実に殺人的だ。
如何に、処理能力が他のHOLY隊員よりは優れているだろうと自負している劉鳳といえど、過剰なまでのデスクワークにいい加減疲労の限界に来ていた。
劉鳳のデスクワークが増えている背景には、余りに杜撰な報告書を提出してくる輩が多いため、隊長のジグマールがこっそりと他の隊員の分も劉鳳に回しているせいなのだが、そのことに劉鳳は未だ気づいていない。
…実際は、気づけるほど余裕のある仕事量ではなかったというのが本当のところだが。
 「…ふう……」
自室のロックをカードキーで開けながら無意識に零れた溜息に頭を振る。
たかがあれだけのデスクワークごときで溜息など、と内心で自嘲しつつ、シュン、と空気の抜けるような音を立てて開いたドアの内側に足を踏み入れた劉鳳は、いつもと変わらない3日ぶりの―――けれど、自分の部屋には絶対に存在しないはずのものを見つけて固まった。
 「お? やっと帰ってきやがった。」
ソファの上でクッションを抱えながらにぱっ、と笑顔を向けてくるのは紛れもなく。
 「何故貴様がここにいるッ! カァズマママアァァアアッッ!!!」
―――お互いを敵として認めた筈の男だった。



 (…なんっか、毛ぇ逆立てた猫みてぇ……)
フーッ、と毛を逆立てて威嚇している猫の姿と劉鳳の気配が重なる。猫に例えるにはあまりに獰猛な獣である劉鳳だけれど、その気の強さがなければ劉鳳じゃない。カズマは、自分の一挙手一投足を見つめながら警戒を解かない劉鳳の姿にくすり、と笑みをこぼす。
 「…―――何が可笑しい。」
 「ん〜、いや、アンタが思った通りの反応をするんでね。」
部屋の入り口から射殺さんばかりの視線を向けてくる劉鳳を、カズマは余裕綽々の体で受け止める。
そんなカズマの余裕を面白くなさそうに見やった劉鳳は、置き去りにされていた根本的なことを口にした。
 「……何故、貴様がここにいる?」
 「ああ、そいつはコレのおかげv」
劉鳳とは違い機嫌のいいカズマは、勿体ぶることなく彼の質問に答える。ごそごそとジャケットのポケットを漁り、手に掴んだそれを劉鳳に見えるようにひらり、と舞わせた。



 「どうして貴様が俺の部屋のカードキーを持っている!?」
 「HOLYに入ったときに駄賃としてギっといたからvvv」



あっけらかんと「盗みました」と言うカズマに、ぷちっとあっさり堪忍袋の緒を切った劉鳳は、ズカズカと部屋を横切るとカズマの胸倉を掴み上げた。
 「貴様アアァァァッッ!!!!!」
ぐっ、と力を入れられ、息苦しさに顔が僅かに顰められるが、カズマは劉鳳の手を振り払おうとはしなかった。
距離が近づいたことで劉鳳の美麗な顔が視界いっぱいに広がる。

濡れて艶を増した血石の瞳。
それを縁取る長い睫毛。
怒気からか、白磁の頬はうっすらと赤みを帯びて。

背筋をゾクリ、とした痺れが走る。
この、自分のプライドを踏みにじり、信念に泥を塗った憎い男が、誰よりも何よりも美しい生き物だと知ったのはいつのことか。
名を刻んで、劉鳳のことだけを追って、劉鳳のことだけ考えて。
 (コイツと決着を付けるためだけにHOLDと敵対した)
その感情が、HOLYに入隊したときに変わってしまった。

無愛想で愛想の欠片もないはずのヤツが、パーティの席でちびっこい仲間に見せた微かな笑み。
ふわり、とまるで華が綻ぶように。
その血石の瞳に冷たさではない、暖かな光を浮かべていた劉鳳はひどくキレイで。

正直言って反則だろうと思った。はっきり言って誤算だった。
でも、散々悩んだ末に受け入れた感情だ。今更否定する気もない。
カズマは、胸倉を掴み上げている劉鳳の手を自らのそれで握ると、振り払われまいと手にますます力を込める劉鳳を無視して、伸び上がるように彼の唇へと触れた。
 「……なッ!?」
手を離し、触れていたカズマの手を振り払って飛びずさるように距離を取った劉鳳は、信じられない行動に出た彼を驚きに見開かれた瞳で凝視する。
 「…………」
一方、カズマは、自らの唇で感じた劉鳳の、男のものとは思えないほどの柔らかな感触を確かめるように自分のそれを辿るように指を這わせていた。
 (柔らかかった…な)
柔らかくて。
暖かくて。
…そして、甘い。
カズマはソファから立ち上がると、その琥珀の瞳に獣のような飢えた光を浮かび上がらせながらゆっくりと劉鳳との距離を詰めるのだった。
もう、絶対に止められない自分を感じながら。





 「カ、ズマ……」
 「甘いな。…すげぇ甘い。」
カズマから目を逸らせない。
けれど、近づいていくるカズマに押されるように、視線を動かせないまま劉鳳はじりじりと後ろに下がる。
 「甘めぇんだ…、アンタとのキスは。」
とん、と軽く壁に踵が触れた。
その感触に、弾かれたように背後を確認した劉鳳は、自分がそのままでは逃げ場を失うことを悟ると身を翻えすが、それよりも早くカズマの手が劉鳳の逃げ道を塞ぐ。
 「……ッつ!」
カズマの手に一方の逃げ道を塞がれた劉鳳が身を退くが、素早くカズマは自らの両腕で囲いを作り、劉鳳をその内へと閉じこめた。
 「…劉鳳……」
困惑した表情を顕わにし、視線を彷徨わせる劉鳳の名を低く呼んだカズマは、壁についた両腕を曲げると、触れ合う寸前にまで顔を近づける。
 「…すげぇアンタが憎かった。オレのプライドをずたずたにしときながら、オレのことを見もしないアンタのことが憎くてたまんなかった……」
 「…カズ…マ……」
 「アンタを泣かせて、這い蹲らせて、散々いたぶってやろうと思うぐらい…」
耳というより、触れ合うほどに近づけられた身体から言葉が聞こえるようで。
常にないカズマの態度に混乱しきっている劉鳳は、絶影を呼び出すことにも気づかぬまま、カズマの腕に、視線に、声に捕らわれていく。
 「憎くて、憎くて…、けど、気づいちまった。」
 「あ……」
ついっ…と寄せられ、唇を掠めていった温もりに劉鳳から淡い溜息のような声が零れる。
 「…憎いのは、アンタに惚れてるからだって……」
 「―――ッ!!」
驚きに見開かれる血石の瞳。
その眼に映る自分は、信じられないくらい真剣な顔をしていて。

敵だった。
敵だと思っていた。
敵であり続けると思っていたのに。

拳を合わせることで感じる高揚は本物だ。
それはこの気持ちに気づいた今も変わらない。
 「アンタがオレを見て、オレを感じて、オレだけを追ってくれるのがすげぇ嬉しい。…オレはアンタのことをすげぇ感じてンのに、アンタがそうじゃなかったから。だから憎くてしょうがなかったんだって…気づいちまった。」
けれど、それだけでは満たされない自分が確かにいるのだ。
拳を合わせる高揚だけでは押さえられない『何か』。
 「劉鳳の唇に、首に、身体に―――…。アンタが持ってるアンタの全部に触れてぇし、奪いてぇ。そんで…、オレの持ってるオレの全部を劉鳳に知って欲しい。」
 「…カズ・マ……嫌ぁ…」
壁から片手を離し、唇に、HOLYk制服から僅かに覗く首筋に、そして、するすると身体の線を辿った手は、劉鳳の腰に回される。
制服のラインが教えるとおりに細い腰は、カズマの片手で簡単に抱え込めて。
 「…ん、やっぱ細せぇな。こんな細さじゃ、オレのをアンタに突っ込んだら壊れちまうかも知んねぇ……」
ククク、と耳元で嗤う男の腕を外そうと身を捩るが、しっかりと回された腕はそう簡単に外れそうもない。
そして、耳に注ぎ込まれた声にぴくん、と背を揺らした劉鳳が、そのセリフの不審さに顔を強ばらせた。
 「…―――貴様は変態かッ!?」
 「変態ねぇ…。ん〜、それでいいぜ? だって、オレはこんなにもアンタに欲情しちまってんだからなァ。」
劉鳳に感じる『何か』は、間違いなく《情欲》。
男として彼を抱き、啼かせ、組み敷きたいと思う感情。
ぐっ、と力を入れられ、両足の間に片膝を割り入れられた劉鳳は、自らの太股に擦り寄せられたカズマの張り詰めたものを感じる。
 「ッ!? カズマ!!」
信じられないと言わんばかりの声音に、カズマはくつくつと嗤った。
劉鳳自身のそんな態度が、どれほどに男の劣情を煽るのか気づかないようだ。
だが、自分だとて、そういう目で彼を見なければ気づかなかっただろう。けれど、一旦意識してしまえば、劉鳳に向けられる視線の多さに簡単に気づく。
男も女も。
この、荒々しく削り出されただけの原石に惹かれているのがはっきりと。
 (…けど、誰にも渡さねぇ……)
この至宝は自分のものだ。
 「ワカル? アンタに触れてるだけでこんなに感じちまうぐらい、オレはアンタが欲しいんだよ。同じ男だとか、そんなこと関係ねぇぐれぇにアンタに惚れちまってる。」
 「…………」
 「…アンタの姿を見るだけで。アンタの声を聞くだけで。アンタに触れるだけで。そんだけで、オレはアンタが欲しくて堪らなくなる。『劉鳳』って存在にこんなにも飢えちまってんだ。」
 「…カズ・マ……ッ!」
注ぎ込まれる言葉を否定するように頭を振る劉鳳を許さず、カズマは壁についていたもう一方の手も外して劉鳳を抱き込む。
力強く抱き寄せられたことで、ますますはっきりと感じるカズマのそれと胸から聞こえる心音に劉鳳の顔に朱が上った。
 「…逃がさねぇよ。―――アンタは絶対に逃がさねぇ……」
 「ひっ…やあ…」
襟足にかかる髪を鼻先で掻き分けて、顕わになった項に口付ける。
甘い声をこぼしながらかくり、と仰け反った背を支えながら、カズマは白い肌に残った鬱血の痕に目を細めた。
 「甘めぇ…、アンタってどこもかしこもすげぇ甘い。」
 「あ…、そ・んな、ことッ!」
 「ウソじゃねーよ。…アンタは甘くて、キレイで、あったけぇ。」
戦慄く身体を難なく抱き寄せたままで、カズマは劉鳳の身体を溶かす言葉を口にし続ける。
 「カズ…マ。」
 「恥ずかしい? …けど、アンタのも感じてきてるぜ……」
劉鳳の膝を割っているカズマの足が、くっ、と劉鳳のそれを太股で擦り上げた。
 「ひぁ…ッ! や、違……ッ!!」
びくっ、と身体を強張らせながら腕をカズマの肩にかけて逃れようと藻掻く劉鳳を逃さないようにしながら、カズマはとろけそうな笑みを劉鳳へと向ける。
 「…違うの? オレは、アンタがこうやってオレを感じてくれて嬉しいケド……」
 「……あ…」
凪いだ海のような光を浮かべた琥珀の瞳。
だんだんと熱さで霞がかかってくる思考の中、劉鳳は操られるようにカズマへと手を伸ばした。
布越しに触れる温もり。
細身だが鍛えられた肌を掌に感じて。
 「もっと…、もっとオレを感じてくれよ……」
熱く、飢えたような眼差ししか知らない劉鳳の目が、カズマの幼ささえ伺える無邪気で満たされた笑みに釘付けになる。
 「劉鳳…、続きしてイイよな?」
 「カズ…マ。」

…本当は、今すぐ心から自分を受け入れて欲しいけれど。

自分だってこの気持ちを受け入れるまでは散々考えたのだ。劉鳳にだってその時間くらいは必要だろう。
でも、そこまで分かっていても、好きな奴を抱きたいと思うのは当然のことであり、我慢できるほど自分は聖人君子じゃないから。
だから今は。
絆された形で良いから、自分を受け入れて欲しい。
 (後でなら文句でも何でも聞いてやるから…ッ)
今だけは、オレを否定するな。





 「…カズマ……ッ!」
頭を振りながら、乱れる息の下で自らを組み敷く青年の名前を呼ぶ姿に目を細める。
 「怖くねぇよ。…大丈夫だから。」
 「あ…、ああッ…も、やぁ…」
ぱさぱさと組み敷いたソファに散らばる髪と、そうするたびに顕わになるうなじが扇情的で。カズマはそっと唇を寄せると、いくつもの赤い華を散らした。
 「…っあ…あ・んぅ…」
はあっ、と吐かれた息。
その動きに胸が大きく上下する。その白い肌の動きにさえどうしようもなく煽られてしまって。カズマは赤く染まった唇に深い口づけを落とすと、胸元を愛撫していた手をそっと下肢へと伸ばした。
 「ッつ!? …ンんっ、ん…んん…ッ、んン…!」
ベルトの外される音と一番敏感な場所に触れてくる指。
驚きに見開かれた瞳が向ける視線を間近で感じながら、カズマは劉鳳の言葉をキスで呑み込んでいく。
 「ンッ…んんんっ、ん…んっ…―――んふ・ぁ…」
びくっ、と緊張した身体を慰めるようにゆっくりと指を動かす。
カズマの肩へと手をかけ、引き剥がそうとしていた指から次第に力が抜け、震える指先が肩へと縋ってくる。翻弄するような口づけと直接的な刺激に、快楽に馴染みのない身体はあっさりと陥落し、酸欠と身の内を食い荒らす悦楽に、劉鳳がとろん、と正気をなくした焦点の合わない眼差しを宙に向ける頃、カズマは劉鳳を口づけから解放した。
 「…なあ、気持ちイイ?」
 「…ふあぁ…、ん、やぁ…あ・あ、ダメ…」
 「ダメ? …―――んじゃ、これは?」
ず、と身体をずらせたカズマは、張りつめている劉鳳自身に舌を這わす。
 「あああッ!! …やぁ、そ・んな…ぁ…あ、あぅ…」
 「……気持ちよくねぇ?」
下肢に顔を埋めたままでカズマは口を開く。
そのたびにカズマの歯が自身に当たり、劉鳳は信じられない思いと背筋を這い上がる痺れにぎゅっと目を瞑って耐えた。
 「や…ぁ…、やめ…しゃべらない…でぇ…」
 「なら、答えてくれる…?」
 「ふッ! …ン、気持ち…キモチいい…から…ッ!」
蜜を零す先端に尖らせた舌を差し入れて零れるそれを掬うように舐め取れば、身体を強張らせた劉鳳が息を詰めながら必死にカズマの問いに答える。
 「ん、そっか。…じゃあ、もっとしてやるなv」
 「―――ッ!! ふああぁぁッ! …だ、め…ダメ…、やっ、もぅ…」
 「…平気だから、イっていいぜ?」
激しく、荒々しくなった口淫に、劉鳳の背が綺麗な弧を描く。
力の全く入らない指を下肢に顔を埋めるカズマの髪に絡め、懸命にそこから離そうとする劉鳳の仕草は、傍目にはカズマの行為を促しているようにさえ映る。
 「やぁ…、おねが・い…カズ、マ…離し…ッ!」
びくびくと震える身体を持て余しながらも、せめてカズマの口内で達することだけは避けたい劉鳳は必死になって自身を律しようとする。
もっとも、悦楽に溺れながらも達することを耐える劉鳳の表情が、カズマをますます煽っていることなど劉鳳は気づきもしない。
 「…カズッ…も、・あ…ンく・ぅ…あ、あああぁあぁッッ!!」
暖かな感触に包まれたと思った瞬間、痛みさえ感じるほどにきつく吸い上げられた劉鳳は、張りつめて限界に達していたものを甘く掠れた悲鳴と共に解放した。
頭の中が真っ白になって、ぎゅっと閉じた瞼の裏を極彩色の光が踊る。
はあはあ、と荒い息を吐きながら涙で滲んだ瞳を下肢へと向ければ、そこから顔を上げたカズマの喉が動く様と、唇の端からぽたり、と落ちた流れを目の当たりにしてしまう。
 「…貴様! …飲んで…―――ッ!?」
信じられないことをしでかした相手に向かい、「吐き出せ」と言いかけた劉鳳だったが、それよりも早く、口の端から零れたものをぐい、と手で拭いながらカズマが口にした言葉に絶句する。
 「ん。…うまかったぜ、アンタの。」
 「馬鹿者…ッ! 何がうまいだッ!?」
 「ホントだぜ?」
にっ、と無邪気に笑いかけてくる男に口をつぐむ。
どう言っていいのか分からないらしい劉鳳の初さにカズマは笑うと、身体を伸ばして劉鳳へと口づけた。
 「んッ!? …ん…んんッ…んぅ…ふ…」
舌を差し入れ、口内を荒らしたカズマの唇が、ちゅく、と濡れた音を立てて離れる。
劉鳳は片手で口元を覆うようにしながらカズマから視線を外すと、赤く染まった顔に困惑した表情を浮かべながら口を開いた。
 「……―――苦くてマズイ…」
 「ははッ、そっか? …でも、オレには違ったぜ。」
どこか拗ねたようにも見える劉鳳の頬に一つ口づけを落として。
カズマは再び劉鳳への愛撫を始めるのだった。



 「う…うう…ッ! ンくぅ…あっ、あ…ッ!!」
柳眉が寄せられ、途切れ途切れの悲鳴が濡れた唇から零れる。
 「劉、ほ…ッ! 力抜けって…」
 「あ…いぁ…ッ、ふぅ…ンぁあッ! や・でき…なぁ…」
予想に違わず、人との交わりの経験が皆無の―――経験があったらあったでむかつく話だが―――劉鳳の最奥を散々慣らし、泣いて懇願するまで解したというのに、そこはカズマのモノを受け入れるにはあまりに狭くきつかった。
 「…ッ、こっち。こっちに集中してくれよ……」
痛みに強張る身体を宥め、何とか自身を内に進ませるけれど、全てを収めきることはできずにいた。
喘ぐように震える息を吐き出す劉鳳の髪を慰めるように撫で、きつい締め付けにカズマも耐えながら、劉鳳のそれに手を伸ばして刺激を与えて苦痛を少しでも反らしてやる。
このまま無理に押し入ることは可能だけれど、できる限り劉鳳を傷つけたくない。
 (優しくしてぇんだよ)
初めて、心底から惚れた相手だから。

寒さを紛らわせるでもなく。
男としての生理じゃなく。
遊びでもない。

物心ついてからずっと感じていた飢えを、劉鳳だけが満たしてくれる。
 「ふ…ぅ、あッ、ンぁ…あ…ひぁッ!」
 「劉鳳…、劉…鳳ッ!!」
 「―――ッ!! …あ、あああッ!」
与えられる刺激にゆるゆると立ち上がったものの先端を指の腹で擦ってやれば、身体が激しく震えた次の瞬間にふっ、と全身の力が抜けた。
その一瞬を逃さずに全てを劉鳳の内へと押し入れたカズマは、最奥の熱さと締め付けに動き出したくなる自分を押さえて劉鳳を伺う。
 「…劉鳳、平気か?」
 「う…ッ、はぁ…かず・まぁ…」
目尻を赤く染め、ぽろぽろと涙が零れる瞳がゆっくりとカズマを映した。
浅く早い息を零す唇からはちろちろと赤い舌が誘うように覗き、濡れて艶を増した瞳ともども扇情的な姿態をカズマへと晒す。
 「……劉…鳳。」
その姿に、こくり、とカズマの喉が鳴る。
理性などとっくになくなっていたけれど、それでも無理をさせたくなくて我慢していたから、これ以上劉鳳の顔を見ていられなかった。
カズマは、劉鳳の顔から視線を外して上下する胸元へと頭を落とすが、そんな彼の耳に途切れ途切れの言葉が届く。
 「……くるし…、も、い…から。」
 「劉鳳…?」
 「もぅいいから…ッ! 痛くて…も、…いから。」
ぎゅっ、と痛みに耐えるようにシーツを握りしめていた手が解かれ、そのしなやかな腕はするりとカズマの背へと回される。
 「いい…から。痛くて…いいから、もぅ…」
 「…いいのかよ……?」
 「やぁ…あつぃ…、熱・くて…だから……ッ!」
劉鳳からの言葉が信じられなくて。
確かめるように訪ねたカズマだったが、力のこもる腕と擦り寄せられた下肢に耐えていた激情を解き放った。
 「ああッ! …あ、いッ・たぁ…ん、うぁッ!!」
誰にも触れさせたことのない―――劉鳳自身も触れたことのない場所を熱い楔が行き来する。
感じたことのない痛みとそこに隠れる僅かな快楽に翻弄されるままに声をあげ、それでも、燻ったような熱を冷ますことが出来るのはカズマだけだと心のどこかで理解している劉鳳は、カズマが刻む律動を止めようとはしなかった。
 「…ひィ、あ…、あ、やぁッ! …ふあぁッ!」
次第にカズマを無理なく受け止めることのでき始めた身体を訝かしむより早く、激しくなった動きに揺さぶられて思考が途切れる。
 「劉鳳ッ! …劉鳳……ッ!!」
 「カズマ…ッ! カズ・マ、…ああッ、や…も…ぅッ!」
ふるり、と劉鳳の身体が震える。
突き上げられる度に押し出されるように零れる嬌声もせっぱ詰まったものと変わっていくのを感じたカズマは、流石に初めてで後ろだけではイけないだろうと、劉鳳の腰を抱いていた手を二人の身体の間で擦られていたものへと添え、律動に合わせるようにして刺激を与えた。
 「あっ、ああッ! …カズ…ッ、かずまぁ…も、イく…ッ!!」
 「…くッ! 劉、鳳ッ!」
締め付けてくる最奥の動きに逆らうように一旦自身を引き抜き、絡んでくる動きを無視してもう一度突き立てる。
 「…―――やっ、あああぁぁああッ!!!」
内壁を抉る刺激と自身に与えられた快楽に絶頂を極めた劉鳳の最奥がカズマを締め付け、奥へと誘い込む。その動きに逆らわずに劉鳳へと押し入ったカズマは、そこで全てを解放するのだった。





 「……ん…、かず…ま?」
 「劉鳳、目ぇ覚めたのか?」
熱を持ったように腫れぼったく感じる瞼にさらさらのシーツの感触が気持ちいい。
もそもそとシーツに顔を埋めるように動いていた劉鳳だったが、ベッドに背を預けるようにして座り込んでいる人物を見つけると、その赤茶の髪を持った人物の名を呼んだ。
 「俺は……」
 「ん? ああ…、アンタ、終わった後に気ぃ失ったちまったから。勝手にベッドまで連れてきた。」
覗き込んでくる琥珀の瞳が大人びていて。
劉鳳は、気を失ったという事実とカズマの視線に感じる気恥ずかしさを誤魔化すよう、文句めいた言葉を口にした。
 「…怠いし、腰が痛い……」
 「あー、まぁ…そいつはなぁ……」
ばつが悪そうにしながらも、髪を梳く手つきは優しい。
それが、何だか嬉しいと思うのはどうしてだろう。
 「…悪かったな。」
 「……?」
 「無茶させちまったから。…けど、オレはアンタを抱けて嬉しかった。」
 「…………」

敵。

名前を刻んだ唯一の敵。

自分だけの敵。

その相手に抱かれ、快楽を貪った身体。

ただの男の生理なのか。

それとも…違うのか。

愛しい気持ちも。
好きだという想いも理解できる。

…理解できるから、逆に気持ちが分からない。

 「俺は…分からない……」
 「劉鳳……」
 「俺には、まだ…分からないんだ。」
不安げに瞳を揺らす劉鳳にカズマは笑いかけると、啄むような口づけを落とした。
 「いいさ。…気長にって訳にはいかねーけど、少しぐれぇなら待てる。」
 「カズマ……」
 「ちゃんと、顔会わせる度に口説かせてもらうから。―――アンタにオレが惚れてるってコト、忘れないようにな。」
 「なッ……!」
カズマの言葉に劉鳳の頬がさっ、と朱に染まる。
あんな恥ずかしいマネを毎回毎回されなければならないのか!?
しかも、公衆の面前で!?
 「こ、断るッ!!」
 「遠慮すんなってv」
 「冗談ではないと言っているんだッ!」
疲労の激しい身体は自由に動かすことが出来ず、ベッドの中でもそもそと身動ぐことで精一杯。
カズマを殴り倒したいところだが、せいぜい睨み付けるのがやっとだ。
 「ダ〜メ♪ アンタがどんなにイヤがったって、きっちり口説かせてもらうからな。」
 「…! 貴様、人の話を―――!?」
しかし、カズマのにやにやとした笑いと愉しそうな言葉に劉鳳はその血石の瞳を見開くと、言い様に自分を扱おうとするカズマを殴り倒そうと飛び起きる。
瞬間沸騰した頭は、先程まで気にしていた身体のことをすっかり忘れていた。
 「…―――ハ、ァッ! く…ぅ…ッ!!」
ズキッ、と下肢から這い上がる痛みに鋭く息を吐き、ぎゅっと目を閉じて苦痛を噛み殺す。
 「バカッ! 何してんだ!?」
 「う…ッ、あ・ぁ…」
痛みに強ばる身体を優しく抱き留めた腕へと咄嗟に縋り、急な動きに悲鳴をあげた身体が落ち着くのを待った。
 「ったく…、無茶すんなよ……」
 「…るさ・いッ! そもそも、貴様がッ!」
 「あーあー、悪かった。マジに悪かったって。…けど、そんぐらい本気だって言うことなんだぜ?」
そっと劉鳳の身体をベッドへと横たえながら、カズマはからからうような口調を改めて劉鳳の顔を覗き込む。
 「…オレは親の顔も知らねぇし、名前だってホントに自分のもんなのか分からねぇ。」
 「カズマ…?」
 「寒いってだけでセックスしたことだってあるし…。オレは、アンタが考えている以上に汚ねぇことだって知ってるし…やったことだってある。」
真剣な、でも、どこか自嘲しているような顔。
突然にカズマがこんなことを言いだした理由は分からないが、劉鳳は口を挟むことなくカズマの言葉を待った。
 「―――けど、アンタに惚れてる気持ちはマジだから。」
敵で。
プライドを傷つけたヤツで。
仲間をいたぶった組織の人間で。
でも、気になって。

誰にも渡したくないぐらいに惚れていると気づいた。

じっと見上げてくる劉鳳に笑いかけてから、カズマはその唇に触れるだけのキスを落とす。
 「それだけは忘れないでくれ。」
そのまま、困惑と戸惑いに瞳を揺らす劉鳳の、白いシーツに散る細い濃緑色の髪を撫でる。
ずっとこうしていたいけれど、それは自分たちを取り巻く状況が許さない。
違う出会い方なら、と思わないでもないけれど、出会ってしまった以上はこの道を進むしかない。ただ、唯一の救いは、『敵対者』というスタンスであっても、進むべき道が彼の道と大きく離れていないことだ。
 (なら、チャンスはあるってことだろ?)
それに、諦める気なんて微塵もないから。
 (悪りぃけど…、覚悟してくれよ、劉鳳)
絶対に劉鳳を自分のものにする。

キレイで。
暖かくて。
甘い人を。

 「劉鳳。」
うっとりと。
幸せそうに名前を口にのせるカズマに頬が熱くなる。
そんな顔をされると、敵同士という言葉が空しくなるではないか!?

それでも、カズマは敵で。
どう転んでも自分だけの敵で。
…やっぱりその気持ちは変わらないけれど。
これから先はどうなるか分からないのも事実だから。

 (少しぐらいは考えてやってもいい…/////)
 「……キーは…」
 「ん?」
 「カードキーは、お前がそのまま…―――持っていていい。」
ぷいっ、と顔を逸らせ、カズマの視線から逃れるようにもぞもぞとシーツに顔を埋める劉鳳からの思わぬ言葉に、カズマは自分の耳が一瞬信じられなかった。
 「…りゅーほー?」
 「黙れ。うるさい。口を開くな。」
悪態を吐きつつも、シーツの中に逃げ込む劉鳳は耳まで赤い。

カードキーを持っていていい=部屋にいつでも来てOK♪

つまり、それは。
カズマに対する劉鳳の最大限の譲歩。
 「―――ははっ、やっぱアンタのこと好きだわ、オレv」
 「…ウルサイ。」
ちょっと早まったかと思いつつも、嬉しそうなカズマの顔に「これでいいか」と感じる自分がいることを劉鳳ははっきりと理解していたのだった。



…はてさて、この無自覚の恋が実るのはいつのことやら。
ともかく、恋人同士への道のりは果てしなく長そうである。
end